2026年7月12日「すべての人を敬いなさい」木下淳夫 師

タイトルすべての人を敬いなさい
聖書1ペテロ2:11~17
説教者木下淳夫師

今日のテーマは、「すべての人を敬いなさい」です。

 イエス様に従う信徒が、この世で生活する時、さまざまな困難があります。現代の私たちなら、仏式の葬儀や地域のお祭りなど、どのように対処すればいいのかということは、だれにとっても身近な問題だと思います。ペテロの手紙を受け取った信徒たちは、現代の私たちよりもはるかに大きな問題に直面していました。彼らは信仰のゆえに悪人呼ばわりされて、迫害を受けていました。このような問題に、どのように向き合えばいいのか、ペテロの手紙から学び、私たちもそれぞれの地域において良い証をしていきたいと願っています。

ペテロの手紙第一 2章11~17節

11 愛する者たち、私は勧めます。あなたがたは旅人、寄留者なのですから、たましいに戦いを挑む肉の欲を避けなさい。

12 異邦人の中にあって立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。

13 人が立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい。それが主権者である王であっても、

14 あるいは、悪を行う者を罰して善を行う者をほめるために、王から遣わされた総督であっても、従いなさい。

15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることは、神のみこころだからです。

16 自由な者として、しかもその自由を悪の言い訳にせず、神のしもべとして従いなさい。

17 すべての人を敬い、兄弟たちを愛し、神を恐れ、王を敬いなさい。

(新改訳2017)

 ペテロが信徒たちに勧めているのは、肉の欲を避けるということです。肉の欲というのは、神様の御心に反した考え方で、自分だけが得をしたいとか、自分を誇りたいという思いです。このような思いというのは、アダムが神様に罪を犯したために、生まれながらにしてだれもが持っているものです。生まれながら、人間の心に住み着いていた貪欲は、神様の子どもにされた後も、たましいに戦いを挑んできます。育ってきた中で培われてきた考え方や習慣は、簡単には変わりません。ですから、意識してその欲が心に浮かんで来たら、それを避けなければなりません。

 このように、自分中心な生き方を避けるのは、イエス様を信じた人たちが神の民に変えられたからです。そして、神様がこの世に住むお方ではないように、神の民も本来この世に住むものではありません。ですから、この世にいる間、信徒は旅人であり、寄留者であると呼ばれています。

 また、神の民としての戦いは、自分のたましいにおける戦いだけではありません。周りの人々の悪意とも戦わなければなりません。人間は自分と違った価値観を持つ人に敵意を持つことがあります。ですから、他の神々を崇める人たちからすると、イエス・キリストを神の御子キリストであると信じて、天地創造の主だけを礼拝する人たちは、異質な存在に思えます。現代の日本でも、自分がクリスチャンだというと珍しそうに見られます。ですから、当時の信徒たちは、人々から悪人呼ばわりされることもありました。

 それでも、ペテロは、兄弟姉妹に神様のみことばに従って立派にふるまうことを命じています。そうすることで、迫害する人たちも、信徒たちの立派な行いを見ることによって、神様が正しいお方であることを知り、やがて神様を崇めるようになります。

 そのために、信徒は人が立てたすべての制度に従うようにと、ペテロは命じています。自分は神の民であり、今この世にいるのはただ旅の途中に立ち寄っているだけだと言って、社会のルールを無視していたなら、他の人たちは信徒たちを悪人と呼ぶでしょう。ですから、無駄な衝突を避けて、平和をつくるものとして、すべての制度に従うことが命じられています。なぜなら、その国の主権者は国民に悪を行おうとするものではなく、善を行って愚かな者たちの無知な発言を封じ、治安を守ろうとするからです。ですから、自分が住んでいる国において平和をつくるために、立てられている王や、王から遣わされている総督を敬い、彼らが立てた制度にも、主のしもべとして従うことを、ペテロは命じています。

ペテロの手紙第一 2章17節

すべての人を敬い、兄弟たちを愛し、神を恐れ、王を敬いなさい。

(新改訳2017)

 ペテロはすべての人を敬いなさいと命じています。具体的に言うと、まず、兄弟たちを敬い愛することです。これは、イエス様の命令であり、この手紙の中でも繰り返し命じられていることです。さらに、神の民にされたことを覚えて神様を恐れ敬うことです。イエス様は私たちの友となってくださったお方です。また、主なる神様は私たちの父となってくださったお方です。このように、私たちはまことの神様と親しい交わりを与えられたのですが、神様は偉大なるお方であり、恐れるべきお方であることを忘れてはいけません。神様を自分のしもべのように、自分の願いを叶えさせるような言い方をしてはいけません。

そのような神様への恐れをもって、神様がお立てになったこの世の王、また、総督、現代でいうならそれぞれの組織のリーダーたちを敬うように命じられています。時に、この世の指導者たちが、反キリスト的、また私たちの利益に反するような計画することがありますが、そのような時は別として、私たちの平和を願って労している指導者たちのことを敬い、従うことは神の民、主のしもべとしてなすべきことだということを覚えましょう。

このように、私たちはすべての人を敬い、良い行いをすることによって、神様を知らない人たちにも、イエス様を証することができます。周囲の人は意外と皆さんのことを見ていますので、イエス様の弟子として、立派にふるまって人々が神様を崇めるようになることを待ち望みましょう。