2021年1月10日「キリストを信仰した結果」木下淳夫 師

タイトルキリストを信仰した結果
聖書1ペテロ1:8~12
説教者木下淳夫師

 私たちはイエス様を信じるとどうなるのでしょうか。時々、信仰していても、していなくてもあまり変わりがないと思うかもしれません。信仰していても、病気にもなります。苦しいこともあります。災害に遭うこともあります。キリストを信仰すれば、悪いことが起こらずいつも幸せになるということはありません。

 新約時代の教会では、信仰のゆえに迫害されることがありました。それでも信仰を捨てることがなかったのはなぜでしょう。イエス様を信じることによって、私たちはどのような恵みを受けるのでしょうか。

 今日は、「キリストを信仰した結果」というテーマで、イエス様を信じることによって与えられる大きな恵みを覚えて、困難が続いている現代においても、希望を持ちたいと願っています。

ペテロの手紙第一1章8節

8 あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。

(新改訳第三版)

 ペテロが手紙を書いている信徒たちは、イエス様を直接見たことはありません。しかし、使徒たちの宣教のことばを信じて、イエス・キリストを救い主として受け入れました。そして、今、そのイエス・キリストを信じて従うことによって迫害されているけれども、イエス様を信じ続けています。彼らが信仰を持ち続けていると、ペテロがはっきりと言えるのは、教会に宛てたこの手紙を彼らが教会で読んでいるからです。ただ、「ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。」と訳されていますが、本当に信徒たちが喜んでいたかは疑問です。もしも、彼らが喜びに踊っていたのなら、ペテロは彼らを励ます必要はありませんでした。ですから、ここで、「喜びおどっています」と言っているのは、喜びおどるように励ましていると考えられます。

 これは、6節でも「あなたがたは大いに喜んでいます。」とありましたが、これは、イエス様が山上の説教で、「喜びなさい、喜びおどりなさい。」とおっしゃった言葉と同じです。ペテロは迫害されている信徒たちが、苦しみに目を向けて悲しみに沈むのではなく、与えられている神様の恵みに目を向けるように勧めています。そして、彼らに約束されている永遠のいのち、朽ちることがない天の宝、今も与えられている神様の守り、そして、イエス様が再臨されるときに完成される救いという、栄えに満ちた喜びを覚えて喜ぶように励ましています。

ペテロの手紙第一1章9節

9 これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。

(新改訳第三版)

 苦しみの中にあっても希望を持って喜ぶことができるのは、イエス・キリストを信じとことによって、たましいの救いを得ているからです。たましいの救いがなければ、この世で命が奪われると、その先はさらに永遠の滅びが待っています。しかし、たましいの救いを得ているのなら、たとえ信仰のゆえに迫害され、命が奪われることになったとしても、永遠のいのちは失われることがありません。神の国に入ることができる約束は変わりません。そして、天に積まれた宝を受け継ぐことも約束されています。神様の子どもとしての特権をいただいています。だからこそ、キリストを信仰した結果、信徒はことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどることができます。

ペテロの手紙第一1章10〜12節

10 この救いについては、あなたがたに対する恵みについて預言した預言者たちも、熱心に尋ね、細かく調べました。

11 彼らは、自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光を前もってあかしされたとき、だれを、また、どのような時をさして言われたのかを調べたのです。

12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人々を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

(新改訳第三版)

 このすばらしい救いの約束は、ペテロや使徒たちが考え出したものではありません。イエス様が約束してくださったことであり、それは父なる神様が、ずっと以前から預言者たちに語っておられた恵みです。昔から、だれもがすべての罪を赦され、神の国に入りたいと願っていましたから、預言者たちは、このような恵みのみことばが与えられたとき、その救い主とはだれなのか、その救い主がいつ現れるのか、熱心に細かく調べました。そして、彼らはキリストは、当時の預言者たちの時代に来られるのではないということを啓示によって知らされました。だからこそ、聖書は一言一句間違えることなく書き写されて、現代まで伝えられています。

 イエス・キリストによる救いの恵みは、御使いたちもはっきり見たいと願っていた、すばらしいことです。だからこそ、イエス様がお生まれになったとき、天の軍勢が「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」と賛美しました。

 私たちも、イエス様を見たことはありません。福音のことばを聞いて、イエス様を愛すると決めました。イエス様を信じて従うと決めました。その結果、イエス・キリストを信仰したことにより、たましいの救いを得ました。そして、永遠のいのちをいただき、神様の子どもとして、天の宝を受け継ぐものにしていただきました。そして、どんなときでも喜ぶことができます。そのような大きな祝福をいただいていることを覚えて、私たちも希望と喜びをもって、神様の導きに従い、この困難な時代を乗り越えさせていただきましょう。