
| タイトル | 罪と義とさばき |
| 聖書 | ヨハネ16:1~16 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「罪と義とさばき」です。
イエス様が弟子たちを通して人々に伝えようとされたことは、罪とは何か、義とは何か、そして、さばきとは何なのかということです。ですから、この三つのことをしっかりと覚えておくことで、私たちの信仰は曲がることがありません。イエス様が語られたみことばをしっかり聞いて、真理の道を歩んでまいりましょう。
ヨハネの福音書16章1~6節
1 これらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがつまずくことのないためです。
2 人々はあなたがたを会堂から追放するでしょう。事実、あなたがたを殺す者がみな、そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思う時が来ます。
3 彼らがこういうことを行うのは、父をもわたしをも知らないからです。
4 しかし、わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、その時が来れば、わたしがそれについて話したことを、あなたがたが思い出すためです。わたしが初めからこれらのことをあなたがたに話さなかったのは、わたしがあなたがたといっしょにいたからです。
5 しかし今わたしは、わたしを遣わした方のもとに行こうとしています。しかし、あなたがたのうちには、ひとりとして、どこに行くのですかと尋ねる者がありません。
6 かえって、わたしがこれらのことをあなたがたに話したために、あなたがたの心は悲しみでいっぱいになっています。
(新改訳第三版)
イエス様は、弟子たちが遣わされた世で迫害されるとおっしゃいました。当時のイスラエルの指導者たちは、父なる神様を知りませんでした。また、イエス様がまことの神様であり、約束のキリストであることも認めませんでした。ですから、彼らは悪魔の支配下で自分が何をしているのかわからず、弟子たちを迫害すると、イエス様は予言しておられます。
イエス様は、弟子たちの心をご存じです。彼らはイエス様がいなくなるというだけでも悲しいのに、残された自分たちは、この世で迫害されると言われ、彼らの心は悲しみでいっぱいになっていました。
ヨハネの福音書16章7~16節
7 しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。
8 その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。
9 罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。
10 また、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。
11 さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。
12 わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません。
13 しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。
14 御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。
15 父が持っておられるものはみな、わたしのものです。ですからわたしは、御霊がわたしのものを受けて、あなたがたに知らせると言ったのです。
16 しばらくするとあなたがたは、もはやわたしを見なくなります。しかし、またしばらくするとわたしを見ます。」
(新改訳第三版)
聖霊様は、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせてくださいます。それによって、人々を悔い改めに導いてくださいます。今まで弟子たちを憎み迫害していた人たちが悔い改めるなら、神様が栄光をお受けになるだけでなく、世に遣わされている弟子たちにも益があります。迫害から救われ、キリストの証人としての働きを力強く行うことができるようになります。そして、イエス様のように、神様とともに生き、神様を証する世の光として成長することができるようになります。
ここで、聖霊様が世に認めさせる三つのことを見ていきましょう。
聖霊様が、弟子たちを通して、当時の世に示す罪とは、世がイエス様をキリストと信じなかったことです。このころの救いの条件は、イエス様をキリストと信じることです。しかし、当時のユダヤ人たちはイエス様を信じるどころか迫害しました。これが的外れな生き方、罪であると聖霊様は人々に示されます。
義とは、弟子たちがイエス様を見なくなること、つまりイエス様が父なる神様の御許に帰られることによって、イエス様には罪がない、まことの神様であることが示されます。イエス様は、弟子たちの前から姿を消してしまわれますが、約束通り聖霊様が来られることによって、イエス様が父なる神様の御許におられる神の御子であることが明らかになります。
さばきについては、この世を支配するものである悪魔がさばきを受けることを聖霊様が示されます。最終的なさばきは最後の審判で下されるのですが、聖霊様は弟子たちに、悪魔の力に対しても勝利する権威を授け、神様がすべてを正しくさばかれることをすべての人に示されます。
イエス様は、このように聖霊様がイエス様の栄光を現わすお方であることを弟子たちに教え、偽りの世であっても弟子たちを真理に導いてくださると約束してくださっています。
ヨハネの福音書16章14節
御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。
(新改訳第三版)
私たちがイエス様を救い主と信じたときに与えられた聖霊様は、イエス様の栄光を現わすお方です。イエス様ご自身を、私たちに知らせてくださるお方です。ですから、自己中心になることなく、聖霊様にすべてを明け渡すなら、聖霊様は私たちにイエス様ご自身のことを知らせてくださいます。イエス様が栄光に富んだお方であることを、私たちは知ることができます。
ただ、残念ながら、クリスチャンと言いつつ、イエス様について何も証することができない人がいるかもしれません。キリスト教については、語ることができても、イエス・キリストがどういうお方であるのか、自分に何をしてくださったのかを証することができないという人があるかもしれません。聖霊なる神様が証してくださるのは、イエス様の栄光であることを覚えるとき、私たちがイエス様について証しできないと言うことは、自分が神様の御心に従っていないのではないかと反省しなければなりません。
今日、聖霊様が、罪とはイエス様を信じないこと、また、イエス様が十字架で死んで墓に葬られたけれども三日目によみがえって天に昇られた義なるお方であることを示してくださっていることを覚えましょう。そして、イエス様を信じる者も、イエス様と同じように神様が義と認めてくださり、天に引き上げてくださる恵みを感謝しましょう。また、神様に敵対するものには、終わりの日にさばきがあることを覚えて、私たちを惑わせようとするこの世に対して勝利して、真理の道を歩ませていただきたいと願います。