2024年12月22日「すべての人の笑顔」木下淳夫 師

タイトルすべての人の笑顔
聖書ヨハネ1:9~13
説教者木下淳夫師

 クリスマスおめでとうございます。

 スマイルクリスマスというテーマでアドベントを過ごしてきましたが、今日のクリスマス礼拝は、「すべての人の笑顔」というテーマです。

 イエス様がお生まれになった時代、イスラエルでは多くの人が困難の中にあり、救いを待ち望んでいました。しかし、マリア、羊飼い、博士たちなど、イエス様に出会った人たちは、喜びに満たされ、主を賛美しました。そして、現代では、世界中で、イエス様をまったく知らない人でもクリスマスを喜んでいます。このように、すべての人を笑顔にしてくださるイエス様を、私たちも信仰をもってお迎えして、神様からの大きな恵みを心から喜びたいと願っています。

ヨハネの福音書1章9~11節

9 すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。

10 この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。

11 この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。

(新改訳第三版)

 ヨハネはイエス様をまことの光と呼びました。そして、まことの光であるイエス様はすべての人を照らすお方であると説明しています。また、イエス様は神様の次元から人を照らすのではなく、ご自身が人となって、人間が住む世界に犠牲を払って来てくださったお方です。

 イエス様は、すべてのはじめに存在しておられたお方、また、この世界を創造されたお方です。ですから、この世界のすべての者は、創り主であるイエス様を愛し、礼拝すべきです。しかし、この世はイエス様を知りませんでした。この世の人々は、創造主がおられること、自分たちがイエス様に造られたこと、イエス様の恵みによって日々生かされていることも知らず、イエス様との交わりを持たずにいました。

 ですから、イエス様は、人間との交わりを持つために、ご自分のくにに来られました。ご自分が神様として治めておられるこの世界に、イエス様は人間となって姿を現してくださいました。それにもかかわらず、人間は目に見えない創造主を認めないだけでなく、目に見える姿をとって人々にご自身を現わしてくださったイエス様を、神の民イスラエルは受け入れませんでした。

ヨハネの福音書1章12~13節

12 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

13 この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

(新改訳第三版)

 イエス様は、人となってこの世に来てくださいました。残念ながら、イスラエルの民は、指導者たちがイエス様を拒否してしまったので、民族としては救いを受けることはありませんでした。しかし、イエス様はご自身を、まことの人となってこの世に来てくださったまことの神様と信じた人には神様の子どもとされる特権をお与えくださいました。イエス様こそ、私たちが創造主である神様に対して犯していた罪をその身に背負って十字架にかかって死んでくださり、三日目によみがえられた救い主であると信じるなら、すべての罪が赦されて、終わりの日に御怒りを受けて滅びることなく、永遠のいのちを持つと約束してくださいました。それは、神様によって新しく生まれた者です。

ヨハネの福音書1章9節

「まことの光があった。その光は世に来て、すべての人を照らすのである。」

(聖書協会共同訳)

 今日は、クリスマス礼拝です。イエス様がこの世に来てくださったことを覚えましょう。イエス様はまことの光です。すべての人を照らす光です。私たちにもその光は照らされています。今もなお、イエス様の愛のしるしである十字架は世界中で輝き、すべての人を招いてくださっています。

そして、今日、クリスマスの意味、イエス様がこの世に来てくださった目的を再確認しましょう。

イエス様がこの世に来てくださったのは、イエス様を信じた人に、神様の子どもとなる特権を与えるためです。私たちの罪に汚れた古い性質を、ご自身とともに十字架につけて滅ぼし、イエス様を信じる私たちを、ご自身の復活とともによみがえらせ、新しく生まれさせるためです。イエス様が来られるまでは、罪に汚れた世で、救いの希望もない暗闇の生活が続いていました。しかし、イエス様の降誕は羊飼いが見たように、神様の栄光が輝き、すべての人に恵みの光を与えてくださいました。その光によって、全世界のすべての人が心からの笑顔を取り戻すことができるようになりました。

救いの恵みを知った私たちは、この世の騒がしいクリスマスではなく、心からの喜びの賛美をもって、またこの上ない喜びをもって主に感謝をお捧げしましょう。