2021年1月31日「主のもとに来なさい」木下淳夫 師

タイトル主のもとに来なさい
聖書1ペテロ2:1~10
説教者木下淳夫師

この手紙でペテロが伝えようとしていることを確認しましょう。大切なポイントは、試練の先に完全な救いがあるということです。罪からの救いはイエス様を信じることによって約束されました。しかし、その後もこの世での人生が続きます。この世は罪の世ですから、さまざまな試練があります。信仰のゆえに迫害されることもあります。また、人間ですから病気や怪我、年齢を重ねると体が思うように動かなくなります。そして、すべての人に死が訪れます。そのような苦しみの多い世から救い出され、神の国、新天新地に招かれる時こそ、救いの完成の時です。イエス様が再臨される時に、その救いが完成されます。

 ペテロはこの救いの完成のとき、イエス様の再臨のときを、信仰を持って待ち望むように、今、信徒は何をしなければならならないのか、主は何を求めておられるのかを伝えようとしています。

 私たちも、この救いの完成のとき、イエス様の再臨のときを、待ち望みながら今日のみことばを学ばせていただきましょう。

ペテロの手紙第一2章1〜3節

1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、

2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。

3 あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。

(新改訳第三版)

 ペテロはイエス様の再臨を待ち望みつつ、信徒がなすべきこととして、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てるように命じています。そして、信仰によって新しく生まれた神様の子どもとして生きるために、救われたときの初心に帰ってみことばの乳、霊の糧、さらに言うなら、イエス・キリストご自身を求めなさいと命じています。イエス様がいつくしみ深いお方であり、平安を与えてくださるお方であることを、信徒はすでに経験しています。ですから、困難なときこそ、主イエス様の恵みを思い起こして、イエス様ご自身により頼むように命じています。

ペテロの手紙第一2章4〜8節

4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。

5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

6 なぜなら、聖書にこうあるからです。「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」

7 したがって、より頼んでいるあなたがたには尊いものですが、より頼んでいない人々にとっては、「家を建てる者たちが捨てた石、それが礎の石となった」のであって、

8 「つまずきの石、妨げの岩」なのです。彼らがつまずくのは、みことばに従わないからですが、またそうなるように定められていたのです。

(新改訳第三版)

 日本語では「主のもとに来なさい」と訳されていますが、原文は主という言葉を使わず、関係代名詞で主を指しています。ですから、ペテロは「いつくしみ深い主のもとに来なさい」、「主はいつくしみ深いお方であるから、このお方のもとに来て、慰めと励まし、そして希望を受け取りなさい」と命じているということができます。

 そして、その主イエス・キリストは、信徒たちにとってはいつくしみ深いお方であるけれども、人には捨てられたお方であることを思い起こさせています。イエス様ご自身がユダヤ人の指導者たち、ローマ人たちから捨てられたという歴史的な事実がありました。ですから今、信徒たちはイエス様への信仰のゆえに試練にあっていますが、それは迫害する人たちがイエス様を信じないからで、そのつまずきも、神様が定められたことであり、すべては神様の御手の中にあるので、何も恐れずすべてのことを最善にしてくださる神様を信頼するように勧めています。

「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」

 イエス様はこの神様に選ばれたお方、生きて信徒のいのちの礎となっておられるお方です。ですから、イエス様の恵みによって新しく生まれ、今生きているのは信仰によるということを覚えることです。そして、イエス様に信頼するものは失望することがないという約束を握り、神様が喜ばれるようにみことばに忠実に従って、霊の家である教会の交わりを保ち、互いに愛し合い、励ましあって耐え忍ぶことが命じられています。

ペテロの手紙第一2章9〜10節

9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださったかたのすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。

10 あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

(新改訳第三版)

 この手紙を読んでいる信徒は、今、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民という、すばらしい身分が与えられました。しかし、以前は彼らを迫害している人たちと変わらない、イエス様に見向きもしなかった滅ぶべき罪人でした。そのような者を、恵みによって救ってくださったお方は、先に救いに与った兄弟姉妹に、あなたを暗闇から光へと招いてくださった神様のみわざを宣べ伝えて欲しいと願っておられることを伝えました。

 信仰のゆえに迫害されることはつらいことです。しかし、もっとつらいのは全く無関心であることです。神様は人々がイエス・キリストにつまずき、そのつまずきの石であるイエス・キリストを信じる信徒に関心を持たせようとされました。

 神様は、救いの恵みを体験した私たちを用いて、神様の驚くべきみわざ、計ることができない御愛を伝えようとしておられます。私たちは、神様のご計画を覚えて、まずいつくしみ深いイエス様のもとにとどまりましょう。そして、イエス様ご自身を慕い求め、イエス様という土台の上に立ち、同じ土台の上に立っている兄弟姉妹と一緒に支えあってまいりましょう。どんなときでも、救いが完成されるイエス様の御再臨の約束を覚えて今のときを過ごさせていただきましょう。