
| タイトル | 預言者たちが尋ね求めた福音 |
| 聖書 | 1ペテロ1:10~12 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「預言者たちが尋ね求めた福音」です。
私たちにとっての福音、つまり良い知らせというのは、神の国に入ることができるということです。もう少し詳しく言えば、永遠のいのちをもって、創り主である神様とともに永遠に生きるということです。
残念ながら、日本では多くの人がこの世のことだけを考えて、この世にいる間だけの幸いを求めています。もちろん、この世にいる間に幸いを得るということも大切ですが、この世を離れてから神の国に入るか、それ以外の場所、つまり地獄に落とされるかということは、もっと重要なテーマです。ですから、神の国と地獄の存在を知らされていたイスラエルの民は、神の国に入る方法を熱心に探し求めていました。
現代において、私たちはその預言者たちが探し求めていた福音を、聖書を通して教えていただいています。この恵みを覚えて、今与えられている生涯を有意義なものにしたいと願っています。
ペテロの手紙第一 1章10~12節
10 この救いについては、あなたがたに対する恵みを預言した預言者たちも、熱心に尋ね求め、細かく調べました。
11 彼らは、自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光を前もって証ししたときに、だれを、そしてどの時を指して言われたのかを調べたのです。
12 彼らは、自分たちのためではなく、あなたがたのために奉仕しているのだという啓示を受けました。そして彼らが調べたことが今や、天から遣わされた聖霊により福音を語った人々を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。御使いたちもそれをはっきり見たいと願っています。
(新改訳第三版)
ペテロは、この手紙の読者である信徒が、たましいの救いを得ているので、苦しみの中でも、イエス様を愛し、イエス様に従い、大いに喜んでいると言っています。もちろん、彼らはペテロが言うように、信仰をもって苦難を耐え忍び、イエス様を愛し続けていたことと思います。しかし、全員が同じように信仰をもって喜んでいたかというと、必ずしもそうではなかったと考えられます。ですから、ペテロは彼らの信仰が弱らないように、励ます必要を感じてこの手紙を書きました。
それでは、一部の信徒の信仰が弱ってしまったのは何が原因だったのでしょうか。これは、現代の私たち自身のことを考えてもわかると思いますが、自分が信じた約束が本当かどうか疑わしくなると、私たちは不安になり信仰が弱るのではないでしょうか?
当時の信徒たちが信じていた福音についても、周囲からさまざまな情報が聞こえてきたのでしょう。イエス・キリストを信仰していても意味がないとか、昔から地元に根付いている宗教のほうがご利益があるという人もいたことでしょう。そのなかで、ペテロは今、信徒たちが与えられているたましいの救いは、モーセの時代から多くの預言者たちが熱心に尋ね求めたものであり、それが彼らの生きている時代ではなく、後の時代にイエス・キリストによってもたらされるという啓示を受けて預言のみことばを書き残したものだと教えています。
つまり、信徒たちが信じた福音は、突然作り出された新興宗教の教えではなく、何千年も前から、もっと言うなら天地が創造される前から、神様が用意してくださった救いの約束です。その約束はイエス・キリストが、私たちの罪を背負って苦しみを受けることにより、私たちの罪を赦してくださり、イエス様を信じて従うすべての人に、永遠のいのちが与えられるというものです。
このように、信徒が与えられているたましいの救いは、むなしいものではなく、昔の預言者たちも命がけでみことばを伝え、また、御使いたちもすべての人が救いにあずかり神の国で一緒に主をほめたたえることを待ち望んでいる真理であると教えています。
ペテロの手紙第一 1章12節
彼らは、自分たちのためではなく、あなたがたのために奉仕しているのだという啓示を受けました。
そして彼らが調べたことが今や、天から遣わされた聖霊により福音を語った人々を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。
(新改訳第三版)
私たちは、イエス・キリストが私たちのために苦しみを受けてくださったことを、聖書を通し、また、多くのクリスチャンを通して伝えられました。それでは、なぜ預言者たちは、自分たちのためではなく、後の時代の人たち、私たちのためにイエス・キリストの福音が啓示されていることを知っても、それを忠実に私たちに伝えようとしたのでしょうか?
それは、すべての時代のすべての人が、たましいの救いを得て、神の国に入ることを神様が望んでおられるからです。彼らは神様の御心を知り、自分も神様の御心と一つになり奉仕することを喜びとしたので、与えられた福音を書き残しました。そして、その残されたみことばが、聖霊によって導かれた信徒たちを通して、私たちに告げ知らされました。
私たちが聞いたイエス・キリストの苦難と栄光、つまり十字架と復活の福音は作り話ではなく、信じる価値のあるものです。永遠に失われることがない約束であり、生涯をかける価値のある約束です。この与えられているたましいの救いを確信して、感謝と喜びをもって、イエス様を愛してまいりましょう。