2026年4月19日「わたしに従いなさい」木下淳夫 師

タイトルわたしに従いなさい
聖書ヨハネ21:15~19
説教者木下淳夫師

 今日のテーマは、「わたしに従いなさい」です。

 イエス様は、弟子たちを招かれたときも、「わたしに従いなさい」とおっしゃいました。しかし、多くの人は自分の好きなことをして生きたいので、従うということが、あまり好きではないと思います。

 ただ、自分の好きなように生きていたとしても、それが正しい生き方、自分を生かす生き方であるとは限りません。だからこそ、イエス様は、弱く自分がどこに向かって進んでいるのかもわからない羊のような私たちに、「わたしに従いなさい」と命じておられます。ですから、今日私たちも、イエス様が招かれる御声に耳を傾けたいと願っています。

ヨハネの福音書21章15~19節

15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」

16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」

17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。

18 まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」

19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

(新改訳第三版)

 イエス様は、ペテロに「あなたはわたしを愛しますか」と、質問されました。イエス様は、最後の晩餐のとき、弟子たち全員がイエス様につまずき、イエス様から離れてしまうとおっしゃいました。そのとき、ペテロは「とてい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」と、力強く宣言しました。しかし、ゲッセマネの園でイエス様が捕らえられ、大祭司の官邸で不当な裁判が行われていたとき、裁判の様子を伺っていたペテロは、近くにいた人たちに、「あなたはあの人の仲間ではないのか」と質問され、「あんな人など知らない」と、三度もイエス様を否んでしまいました。

それでも、イエス様はペテロがイエス様を愛していることは知っておられました。大祭司の庭で、イエス様を知らないと言ってしまったとき、ペテロは自分も捕らえられるのではないかという恐れから、イエス様を否んでしまったのですが、ペテロは鶏が鳴く前に、三度イエス様のことを知らないと言うと、イエス様が語られたことばが成就したとき、ペテロは激しく泣いて悔い改めました。そのようなペテロのイエス様への愛を、イエス様は知ったうえで、あえてペテロに信仰と交わりを回復する機会を与えてくださいました。

ペテロはほかの者がつまずいても自分はつまずかないと言ったのですが、つまずきました。ペテロは、威勢のいいことを言っていたのに、だれよりもイエス様を否んでしまったので、自分でも最低な人間だと感じていたことでしょう。ですから、イエス様は、もう一度、他の弟子たちよりもイエス様を愛するかと尋ねられました。

イエス様が、ペテロに「ヨハネの子シモン」と呼びかけていることにも注目しましょう。ペテロは岩と言う意味でイエス様がつけてくださった名前です。しかし、この時のペテロは、イエス様に対する申し訳なさ、また、ほかの弟子たちに対する恥ずかしさ、自分に対する情けなさで、とても岩と呼べるような信仰はありません。だからこそ、イエス様はペテロに対して、三度信仰告白の機会を与え、初めの愛を思い起こし、岩の信仰を取り戻させてくださいました。

イエス様がペテロの信仰を回復させられたのは、ペテロをリーダーとして、イエス様の羊たちを養い育てるためです。特に、イエス様がこの地上に建てられる教会は、イスラエルの民だけでなく、囲いの外にいる羊である異邦人も招いて養わなければなりません。イエス様はそのような大切な教会の働きを、ペテロに託されました。

ただ、ペテロは自分がイエス様を愛して来たことを、イエス様は認めておられないと思って心を痛めたのですが、イエス様はペテロがイエス様を第一にしていて、いのちを捨ててもイエス様に従う信仰と愛を持っていることを知っておられました。だからこそ、イエス様は、ペテロがイエス様に従って福音を宣べ伝え、教会を形成して、イエス様の羊である信徒を牧会していくなかで、殉教の死を遂げるという、つらい未来も教えられました。そのような苦しみを受けるからこそ、イエス様はペテロの信仰を強め、さらに「私に従いなさい」と命じられました。

ヨハネの福音書21章19節

「わたしに従いなさい。」

(新改訳第三版)

 イエス様は私たちにもペテロと同じように、「あなたはわたしを愛しますか」と尋ねられます。これは、イエス様を優先順位の一番にして生きることを意味しています。イエス様を一番にするのは、イエス様が私たちの必要をすべてご存じであり、どんな困難の中にあっても、イエス様が私たちを助けてくださるからです。特に、囲いの外にいるイエス様の羊である人々を探し出して救い、神様の子どもとして養い育てることは、神様の愛がなければできません。だからこそ、イエス様を愛して、イエス様の愛をあふれるばかりに注いでいただかなければ、この大切な働きを実行することはできません。

 イエス様は、ペテロだけでなく、他の弟子たち、また、私たちにもこの大切な伝道牧会の働きを与えておられます。だからこそ、イエス様は「わたしに従いなさい」とおっしゃって、自分の力や知恵で伝道、牧会するのではなく、イエス様のくびきを負って、いっしょに働くように命じておられます。一人ひとりが、イエス様の招きに応え、イエス様に従い、イエス様の愛をあふれるばかりにいただいて、その愛と恵みをまだイエス様を知らない人々に、また、助けを必要とする兄弟姉妹に宣べ伝えてまいりましょう。