
| タイトル | 民の代わりに死なれたイエス様 |
| 聖書 | ヨハネ11:47~53 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「民の代わりに死なれたイエス様」です。
今日はイエス様を殺そうと考えていたカヤパの口を通して語られた、イエス様の十字架の意味を、ご一緒に学ばせていただきたいと願っています。
ヨハネの福音書11章47~53節
47 そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を召集して言った。「われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行っているというのに。
48 もしあの人をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。」
49 しかし、彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは全然何もわかっていない。
50 ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だということも、考えに入れていない。」
51 ところで、このことは彼が自分から言ったのではなくて、その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、
52 また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。
53 そこで彼らは、その日から、イエスを殺すための計画を立てた。
(新改訳第三版)
イエス様がラザロをよみがえらせたことによって、多くの人がイエス様をキリストと信じるようになりました。その様子を見ていたユダヤ人たちは、イエス様に敵対していたパリサイ人たちに、ベタニヤで起こったことを伝えました。すると、祭司長とパリサイ人たちは、議会を招集して緊急会議を行いました。当時のユダヤは、自治は認められてはいましたが、ローマの支配下であることに変わりはありません。大祭司という神様と民の間に立つ大切な役割は、本来アロンの家系の人が生涯を通して務めるはずでしたが、この当時ローマによって、ローマに都合の良い人が任命されていました。ですから、彼らは群衆がイエス様をキリストと信じて従い、イエス様をユダヤの王として迎えると、ローマ人たちがユダヤを武力で攻め、直接統治するようになることを恐れました。しかし、パリサイ人たちは、群衆をイエス様から引き離し、自分たちの支配下に連れ戻すための良い方法を思いつきませんでした。
そこで、大祭司カヤパは、イエス様を殺すことを提案しました。実際のところ、彼は国民をローマから守ろうとしたのではなく、ローマから与えられた自分たちの利権を守るため、イエス様を殺そうと考えました。しかし、理由はどうあれ群衆の支持を集めているイエス様を捕らえて処刑することは、少なからず批判が起こります。それでも、カヤパはローマによって国民全体が滅ぼされる危険性を、一人の人の死によって回避できるとして、その陰謀を正当化しました。この発言をきっかけに、議会ではイエス様を殺す計画が進められるようになりました。
ただ、この発言は、カヤパの口を通して、神様が語られた預言であるとヨハネは記しています。イエス様は、カヤパが言った通り、民の代わりにいのちをお捨てになられました。ただ、イエス様は、民がローマに滅ぼされることを防ぐためではなく、民が最後の審判のときに、神様の御怒りを受けて永遠の滅びに至ることを防ぐために、民の身代わりとなって死んでくださいました。その身代わりの死、十字架の死は、当時のユダヤの民の身代わりと言うだけでなく、全世界に散らされている神の子たち、神様が救いに導こうとされる異邦人たちをも一つに集めるためであると、ヨハネは記しています。
ヨハネの福音書11章51~52節
イエスが国民のために死のうとしておられること、また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。
(新改訳第三版)
イエス様は、全世界の民のために身代わりとなって十字架でいのちを捨ててくださいました。イエス様は全ての人の罪を贖い、イエス様を信じる人がひとりも滅びることがないように、ご自身の血をもって救いの道を開いてくださいました。イエス様に敵対していたカヤパを通して、この預言が語られたことからわかるように、だれも神様のご計画を妨げることはできません。神様の約束、イエス様の十字架の死と復活によってなされた救いの約束は必ず成就します。私たちはその救いの約束を信じました。ですから、私たちはみことばの約束通り、すべての罪が赦され、永遠の滅びから救われ、永遠のいのちを持つことができます。イエス様の十字架を仰ぎ見て、神の民としていつも主の御許に集い、主の栄光を現わしていきたいと願います。