2026年4月26日「それぞれの人生」木下淳夫 師

タイトルそれぞれの人生
聖書ヨハネ21:20~25
説教者木下淳夫師

 今日のテーマは、「それぞれの人生」です。

 日本人は、宗教心があるのかないのかよくわからないところがあります。自分では、無宗教だと言いながら、神社に初詣や七五三のお参りに行って、キリスト教式で結婚式を挙げ、お寺で葬式をする人もいます。また、信仰することに恐れを持っている人もいます。私も以前、教会に入ったら洗脳されるのではないかと恐れている人に実際に会ったことがあります。

 しかし、教会は信徒を洗脳したり何かを強制することはありません。なぜなら、イエス様は一人ひとりに計画を持っておられて、それぞれの人生を歩み、そのところで幸いを得て、キリストのからだの部分として成長し、神様の子どもとして、世の光として神様の栄光を現わしてほしいと願っておられるからです。この神様の御計画を覚えてみことばに耳を傾けましょう。

ヨハネの福音書21章20~23節

20 ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子があとについて来るのを見た。この弟子はあの晩餐のとき、イエスの右側にいて、「主よ。あなたを裏切る者はだれですか」と言った者である。

21 ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ。この人はどうですか。」

22 イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」

23 そこで、その弟子は死なないという話が兄弟たちの間に行き渡った。しかし、イエスはペテロに、その弟子が死なないと言われたのでなく、「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか」と言われたのである。

(新改訳第三版)

 ペテロは、自分の後ろにイエス様が愛された弟子であるヨハネがついて来るのを見ました。そして、ペテロはイエス様に「主よ。この人はどうですか。」と尋ねました。それは、イエス様がペテロに対して、「あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」と、将来、殉教の死を遂げることを予告されたからです。ペテロは、イエス様を知らないと言ってしまったことを後悔し、心から悔い改めていましたので、よみがえられたイエス様に再開して、今度は何があってもイエス様に従うことを決心していました。それでも、殉教の死を遂げることを予告されたのですから、不安になって当然です。ですから、ヨハネも自分と同じように殉教するのか気になって、イエス様に質問しました。

 しかし、イエス様は、「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」とおっしゃいました。この答えは、ペテロに対して、他の人のことを考えず、ただイエス様ご自身に従うことを命じられたことばです。しかし、そのことばを聞いた他の弟子たちは、イエス様が臨んでおられるので、ヨハネは死なないと、勝手に思い込んでしまいました。その結果、ヨハネは死なないという話が兄弟たちの間で広がってしまいました。もちろん、イエス様は、すべての弟子が、永遠に生きながらえることを望んでおられます。

ヨハネの福音書21章24~25節

24 これらのことについてあかしした者、またこれらのことを書いた者は、その弟子である。そして、私たちは、彼のあかしが真実であることを、知っている。

25 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う。

(新改訳第三版)

この福音書の著者であるヨハネは、自分のことをイエス様に愛された弟子と表現しました。また、最後の晩餐の時にイエス様の右側にいた弟子、イエス様が来るまで生きながらえるのをイエス様が望んでおられる弟子と言いました。それは、自分がいつもイエス様の側にいて、イエス様の愛をたくさん受け取っていたからです。イエス様がどのようなお方か、自分の目で見て、自分の耳でイエス様が語られることばを聞いて、イエス様がまことの神様、約束された救い主キリストであると良く知っていたからこそ、ヨハネはこのような表現をしました。そして、そのように近くにいた弟子の証言だから、他の弟子たちも、ヨハネの証言が真実であると認めています。当時の人たちが真実だと認めているのですから、私たちも真実だと信じることができます。

 そして、最後に著者であるヨハネは、「イエスが行われたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う。」と、イエス様の偉大さを改めて述べています。そして、この福音書に記されているヨハネの歩みこそ、偉大なイエス様に愛され、イエス様に従ったヨハネの人生の証であり、偽りのない証言です。この証言を通して、すべての人がイエス様を信じる信仰により永遠のいのちを得て、イエス様とともに歩む幸いを受け取ってほしいと願っています。

ヨハネの福音書21章22節

22節 「それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」

(新改訳第三版)

 イエス様は、ペテロは殉教の死を遂げることで神様の栄光を現わすことを予告されました。ヨハネには、生きながらえることによって神様の栄光を現わすことを望まれました。このように、同じ弟子であっても、違った人生、違った働きを与えておられることがわかります。

 私たちも、イエス様に従う時、みんなが同じ働きをするように招かれているわけではありません。イエス様は、一人ひとりに異なった幸いを与える計画を持っておられ、それぞれに良い働きを備えてくださっています。ですから、自分とは違う考え方や奉仕をする人がいても、非難したり自分の考えを強制したりする必要はありません。イエス様は、だれかが自分と違った働き方をしていても、「それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」とおっしゃる御声に聞き従いましょう。そうするときに、一人ひとりにふさわしい栄光を現わす働きをさせてくださいます。