
| タイトル | 神の民はたくさんいる |
| 聖書 | 使徒18:5~11 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
新年最初の礼拝は、「神の民はたくさんいる」というテーマです。
元旦礼拝では、使徒の働き18章9節「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。」というみことばが与えられました。今日は、パウロが福音を語り続けるように命じられた理由をご一緒にみことばから学び、私たちも恐れないで福音を語り続けていきたいと願っています。
使徒の働き18章5~8節
5 そして、シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した。
6 しかし、彼らが反抗して暴言を吐いたので、パウロは着物を振り払って、「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のほうに行く」と言った。
7 そして、そこを去って、神を敬うテテオ・ユストという人の家に行った。その家は会堂の隣であった。
8 会堂管理者クリスポは、一家をあげて主を信じた。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けた。
(新改訳第三版)
コリントに来た時のパウロは、同労者がいない、生活費を自分で稼がなければならない、ユダヤ人たちから拒絶される、コリントは堕落した町であったなど、いろいろな理由で恐れをいだいていました。しかし、コリントではアクラとプリスキラがパウロと一緒に天幕づくりをしながら伝道してくれるようになり、さらにシラスがピリピ教会からの献金を携えて来てくれたこと、また、テモテもコリントに来てくれたことによってパウロはみことばを教えることに専念できるようになりました。
しかし、コリントにいたユダヤ人たちは、パウロがイエス様こそキリストであるということを宣べ伝えても、パウロに反抗して暴言を吐きました。そのため、パウロは着物を振り払い、ユダヤ人たちへの伝道をあきらめ、異邦人中心に福音を語るようになりました。そして、主を信仰しているテテオ・ユストという人の家に行くようになりました。彼の家は会堂の隣だったということから、会堂でパウロが語るメッセージを聞いて、イエス様がキリストであることを信じて受け入れたのでしょう。さらに、会堂管理者クリスポも一家をあげてイエス様をキリストと信じるようになりました。クリスポ一家が信仰を持ったことで、会堂に集っていた主を敬う異邦人たちも次々にイエス様を信じるようになり、彼らは父、子、聖霊の御名によるバプテスマを受けました。
使徒の働き18章9~11節
9 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。
10 わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから」と言われた。
11 そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。
(新改訳第三版)
主が幻によってパウロに語りかけてくださったみことばが記されています。このみことばが与えられたのは、パウロが異邦人たちに伝道することを決めたころだと考えられます。パウロは同胞であるユダヤ人でもイエス様に対して暴言を吐いて、パウロの宣教を受け入れないのですから、異邦人が福音を聞いてくれるかどうか恐れがあったことでしょう。
そのようなパウロに主は「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。」と命じられました。なぜなら、主がともにいてくださるので、だれもパウロに危害を加えることはないからです。そして、この町には神の民がたくさんいるからです。ですから、主はパウロに救いの福音を語り続けることを命じられました。コリント伝道は、恵まれた環境ではなかったと思いますが、パウロは与えられた主のみことばを握って1年半の間、コリントに腰を据えてみことばを教え続けました。
使徒の働き18章10節
この町には、わたしの民がたくさんいるから
(新改訳第三版)
コリントでは、ユダヤ教を信じるユダヤ人、また、異邦人の中でも主を崇める人たちもいました。もちろん、コリントは、他の神々を信じる人の方が多い町であり、道徳的にも堕落していた町でした。このような環境であったことを考慮すると、私たちの住む町も、当時のコリントとあまり変わらないのではないでしょうか。私たちが同胞に福音を語ろうとしても受け入れられず、暴言を吐かれることもあるかもしれません。しかし、危害を加えられることはないと思います。それは、主がともにいてくださるからです。主が守ってくださるので、誰も私たちを襲って危害を加えることはありません。
それならば、私たちもパウロに命じられたように福音を語り続ける必要があります。なぜなら、神の民がこの町にもたくさんいるからです。私たちの目には見えていないかもしれませんが、主はご自身の民が、この町にもたくさんいるとおっしゃいます。だからこそ、この町に教会があり、私たちはこの町に遣わされています。それは、主の民が救いの道であるイエス・キリストを知って、創り主である主の御許に立ち返るためです。主は暗闇の中で絶望しているご自身の民、ご自身の愛する子どもたちを救うために、この町に教会を建ててくださり、私たちを福音を宣べ伝える器として遣わしてくださっています。
パウロはこのみことばを握ってみことばを語り続けました。私たちも腰を据えてイエス様こそ私たちの唯一の救い主であることを宣べ伝えてまいりましょう。