
| タイトル | 曲がった時代から救われなさい |
| 聖書 | 使徒2:36~42 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「曲がった時代から救われなさい」です。
この言葉は、ユダヤの祭りである五旬節の日に、祭りに集まっていた人々に使徒ペテロが語った言葉です。今日は、2000年前のユダヤに限らず、私たちが暮らすこの時代も、曲がった時代であると言われていることを覚えて、自分が歩む人生について、正しい選択をしていきたいと願っています。
使徒の働き2章36~42節
36 ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」
37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。
38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。
39 なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」
40 ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。
41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。
42 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。
(新改訳第三版)
まず、この使徒の働き2章について簡単に説明します。
使徒の働きは、イエス様をまことの神様、キリストと信じて従った弟子たちが、イエス様から権威を与えられ、ユダヤから始まってローマ世界中に、神の国に入ることができるという救いの福音を宣べ伝えていった記録です。その福音宣教の始まりとなったのが、2章に記述されている五旬節の出来事です。
五旬節はギリシャ語ではペンテコステと呼ばれています。五旬節も、ペンテコステも50を意味していて、ユダヤの祭りである初穂の祭りから50日目を指しています。初穂の祭りは大麦の収穫を感謝して、神様に最初に収穫した大麦の束を献上しました。それから、50日目の五旬節は小麦の収穫が始まることを感謝した祭りです。
この祭りは、神様がお祝いするように命じられた祭りです。なぜなら、神様はこの祭りを通して、神様のご計画を人々に示そうとされたからです。人間の目にはただ感謝して大麦の初穂をささげること、小麦の収穫を喜ぶことが中心になっていたかもしれませんが、神様はこの祭りを通して、人類が神様の御許に帰ることを暗示しておられました。
神様の御許に帰るということは、すべての人が神様の御許から離れていることを意味します。というのは、最初に神様に造られた人であるアダムが、神様の戒めに背いて罪を犯してしまったために、人間は神様の御許から離れ、死ぬべき存在になってしまいました。神様に対する罪によって、人間に死が定められました。しかし、神様は罪を赦し永遠のいのちを得る道を備えてくださいました。それが、一人の正しい人がすべての人の身代わりとなって命を捨てると方法です。この身代わりとなって命を捨てるために、この世に来てくださったのがイエス様です。イエス様は、まことの神様ですが、すべての人の身代わりとなって十字架で命を捨てるために、人間の姿を取ってこの世に来てくださいました。
そして、イエス様は、十字架で死んで墓に葬られたのですが、三日目によみがえられました。それは、イエス様をまことの神様であり、私たちの救い主と信じる人が罪に対して死んで、信仰によって永遠に生きるためです。イエス様は、死人の中からよみがえる人間の初穂として復活されました。初穂の祭りは、このイエス様の復活を示していた祭りです。
それから50日目の五旬節は、イエス様の恵みによりさらに多くの人が罪を赦され神様の御許に立ち返ることを意味した祭りです。イエス様の復活から50日目の五旬節の日に、聖霊なる神様がこの地上に来てくださいました。そして、イエス様を信じるすべての人の内に住んでくださり、この世においても神様と共に生きることができるようにしてくださいました。
ペテロは、五旬節の日に、この聖霊に満たされて、イエス様の十字架の死が、ユダヤ人たちの罪によることであることをはっきりと指摘しました。それによって、ユダヤ人たちは自分たちの罪を悔い改めて、イエス様をまことの神様であり救い主と信じるようになりました。そして、救いに与った人たちによって、最初の教会が形成されて行きました。
使徒の働き2章40節
「この曲がった時代から救われなさい」
(新改訳第三版)
聖書が言う罪とは、的外れな生き方を意味しています。私たちが暮らすこの時代は、多くの人が神様から離れて的外れな生き方をしています。私たちにいのちを与え、また、日々の恵みをくださる神様に対して背を向け、自分勝手に生きることを正しいと考える時代です。このような生き方の先にあるのは、罪に対するさばき、つまり、地獄と言う永遠の滅びです。この滅びから私たちを救うために、イエス様は自ら十字架で命を捨ててくださいました。
イエス様は、私たちの罪のために十字架にかかられたのですが、その苦しみの中で「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と、自分が滅びに向かっていることも知らず、暗闇の人生を自分勝手に生きている私たちのために、父なる神様に赦しを祈ってくださいました。このイエス様の愛を受け取りましょう。そして、自分が曲がった人生を歩んできたことを認めて、その罪を赦していただくために神様に立ち返りましょう。また、イエス様と一緒に生きる道を選ぶバプテスマ、洗礼を受けるとき、聖霊様が一人ひとりの内に住んでくださり、神様の愛で満たしてくださいます。
今日、一人ひとりが罪によって曲がった時代にいることを覚え、イエス様にこの曲がった時代から救っていただき、永遠のいのちをいただきましょう。そして、神様の愛の中にとどまり、希望と平安をもって歩ませていただきたいと願います。