2026年8月30日「廃墟の回復」木下淳夫 師

タイトル廃墟の回復
聖書エゼキエル 36:37~38
説教者木下淳夫師

 今日のテーマは、「廃墟の回復」です。

 日本は人口の減少、また、地方では少子高齢化が急速に進んでいます。その中で、地域教会においも礼拝出席者の数が減少しています。このような困難な状況ではありますが、主はご自身の民を見捨てることがないということを、みことばから学び、希望をもって祈り続けていきたいと願っています。

エゼキエル書 36章37節

37 神である主はこう仰せられる。わたしはイスラエルの家の願いを聞き入れて、次のことをしよう。わたしは、羊の群れのように人をふやそう。

(新改訳2017)

 主は、「羊の群れのように人をふやそう」と約束してくださいました。これは、バビロンによってエルサレムが攻め落とされ、多くの人がバビロンに捕え移された中での約束です。預言者エゼキエルも、バビロンに捕えられていました。そのような絶望の中で、主はエゼキエルを通して、バビロンにいるイスラエルの民に希望の約束を与えてくださいました。

 主は、イスラエルの家の願いを聞き入れて、イスラエルの回復を約束してくださいました。ここで、イスラエルがバビロンに捕え移された原因を思い出してください。イスラエルの民が、バビロンに捕囚となったのは、彼らが主を離れて他の神々や人間により頼んだことが原因でした。イスラエルの民は、主に選ばれた民であり、主のみことばに聞き従うときに祝福をいただきました。しかし、みことばに背いたときには、さばきがくだりました。

 それでも、イスラエルの民が、捕え移されたバビロンで、自分たちが犯した罪を悔い改めて、主に祈り求めるようになったとき、主はその祈りを聞いてくださると約束してくださいました。ここに、神様が御業を現してくださるときに、重要なきっかけとなるのが、人々が心から悔い改めて、主に祈り求めることだということがわかります。

 次に、主がどれくらい人を増やしてくださるのか、また、どのような人を増やしてくださるのか、見てみましょう。

 

エゼキエル書 36章38節

38 ちょうど、聖別された羊の群れのように、例祭のときのエルサレムの羊の群れのように、廃墟であった町々を人の群れで満たそう。このとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」

(新改訳2017)

 「聖別された羊の群れのように、例祭のときのエルサレムの羊の群れのように」と言われています。ここで言われている羊は、祭りの時にささげられるいけにえの羊です。聖別された羊というのは、神様への捧げものとしてふさわしい羊です。過ぎ越しの祭りには、多くの人がエルサレムに集まりました。その際、たくさんの羊も、捧げものとしてエルサレムに集まっていました。

 イスラエルが繁栄していた時代、主のものと認められた羊の群れが、エルサレムに満ちていました。そのように、主はエルサレム、また、そのほかの町々を、主のものとされた人々で満たそうと約束してくださっています。

 ただ、この約束が与えられた状況を思い出してください。イスラエルの民は、バビロンに捕え移され、神殿は崩壊し、エルサレムをはじめ多くの町々は廃墟となっていました。ですから、この約束があたえられても、どれだけの人が、このエゼキエルを通して与えられた約束を信じることができたかは疑問です。それでも、主はこの約束を成就してくださり、イスラエルの民は、バビロンから帰還し、神殿を再建し、再び例祭を行うことができるようになりました。

 その後、イスラエルは、ローマによって滅ぼされ、イスラエルの民は離散することになりましたが、現代においてイスラエルは再建されています。このように、不可能に思える約束を主は成就してくださり、ご自身が真の神様であることを人々に示してくださいます。

エゼキエル書 31章37節

わたしは、羊の群れのように人をふやそう。

(新改訳2017)

 このみことばは、2004年に貞光キリスト教会に与えられた年間のみことばでした。私たちが、この教会に遣わされたとき、当時の礼拝人数は10人もいませんでした。そのような中で、皆さん心を合わせてお祈りし、このみことばをいただき、とても励まされました。

 当時は、目に見える人数を気にしていたのですが、今はこの会堂におられない方でも、YouTubeを通していっしょに主を礼拝していることを考えると、目に見えないところでも多くの人を、主は増やしてくださるという希望を持つことができます。

実際、OM日本の方々が四国での伝道を始めてくださり、また、新しい交わりがあちこちで生まれていることを見るときに、主はこの約束のとおり、一つの地域教会という形に限らず、ご自身の民をあちこちに増やし始めてくださっていることを覚えます。ですから、私たちは見えるところに絶望するのではなく、見えないけれども必ずご自身の約束を成就してくださる力ある主に祈り求めてまいりましょう。

イスラエルを回復してくださった主は、イエス様の恵みにより、私たちをも聖別されたものにしてくださいました。そのように、私たちが知らないところでもたくさんの人たちが聖別された群れとして育っていくことを期待しましょう。そして、霊的には廃墟と思えるような町々が、イエス様の恵みにより回復し、すべての人がイエス様こそまことの神様、救い主であることを知り、主の御名があがめられることを祈り求めてまいりましょう。