
| タイトル | 側におられるイエス様 |
| 聖書 | ヨハネ21:1~14 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「側におられるイエス様」です。
先週はイースター礼拝で、イエス様の復活を通して、私たちに与えられる恵みを再確認させていただきました。当時の弟子たちは、よみがえられたイエス様との出会いを通して、不安や悲しみが取り除かれ、彼らの心は喜びに変えられました。しかし、イエス様は弟子たちに姿を現した後も、ずっと一緒におられたのではありませんでした。
今日は、復活のイエス様にお会いしたけれども、以前のようにイエス様が側にいない状況の弟子たちがどのような不安を抱え、それに対してイエス様がどのように接してくださったのかを学び、目には見えないけれども、いつも側にいてくださるイエス様に信頼したいと願っています。
ヨハネの福音書21章1~3節
1 この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を弟子たちに現された。その現された次第はこうであった。
2 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。
3 シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った。「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
(新改訳第三版)
ヨハネは復活のイエス様が弟子たちの前に姿を現されたことを証して、復活が事実であることを示しています。ヨハネはテベリヤ湖畔での再会が三度目であると言っています。一度目は、イエス様がよみがえられた日、エルサレムで過越しの食事をした家です。二度目は、一週間後、同じ場所です。そして、三度目はさらに数日後、ガリラヤでの再会になります。
今回、復活のイエス様を見たのは、ペテロ、トマス、ナタナエル、ゼベダイの子ヤコブとヨハネ、そして他に二人の弟子が一緒にいたと記されています。テベリヤ湖は、ガリラヤ湖のことで、湖の西側テベリヤに面した当たりです。ここに弟子たちが来ていたのは、イエス様がガリラヤに行くように命じられたからだと思います。また、イエス様がいなくなったので、これからどうするか考えるためだったかもしれません。
そこで、漁師だったペテロは、漁に出かけ、他の弟子たちもペテロに続いて舟に乗りました。弟子たちは、イエス様に出会い、喜びと希望をもったのですが、どうやって食べていくのかという生活の不安は残っていたのでしょう。
ヨハネの福音書21章4~14節
4 夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」
6 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。
7 そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。
8 しかし、ほかの弟子たちは、魚の満ちたその網を引いて、小舟でやって来た。陸地から遠くなく、百メートル足らずの距離だったからである。
9 こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た。
10 イエスは彼らに言われた。「あなたがたの今とった魚を幾匹か持って来なさい。」
11 シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったけれども、網は破れなかった。
12 イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」弟子たちは主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者はいなかった。
13 イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。
14 イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現されたのは、すでにこれで三度目である。
(新改訳第三版)
そのような弟子たちの気持ちをイエス様は知っておられました。また、弟子たちが夜通し漁をしても何もとることができなかったこともご存じでした。そして、夜が明けるころ、イエス様は彼らの前に姿を見せてくださいました。
イエス様は、弟子たちに舟の右側に網をおろすように命じられました。すると、たくさんの魚が網にかかりました。この奇跡を通して、ヨハネは岸辺に立っている人がイエス様であると気付きました。
弟子たちが岸につくと、彼らは炭火の上に魚とパンが載せられているのを見ました。イエス様は、彼らが今取って来た魚も持って来させ、弟子たちに食事をとらせてくださいました。弟子たちは突然現れたイエス様に驚きはしましたが、自分たちの主であるイエス様だということがわかっていたので、一緒に食事をしました。
ヨハネの福音書21章4節
夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。
けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
(新改訳第三版)
いつもイエス様と一緒にいたときの弟子たちは、イエス様がどこへ行くのか、何をするのかを導いてくだいました。また、生活の必要に関しても、イエス様が満たしてくださいました。しかし、イエス様が一緒におられなくなったとき、弟子たちは不安になりました。イエス様がよみがえられ、今も生きておられることを確信していても、イエス様が目の前におられなかったので、弟子たちは食べる物にも困り、不安を抱えて漁に出かけました。そのような弟子たちの側に、イエス様は立っておられました。しかし、弟子たちは、それがイエス様だとわかりませんでした。
私たちも、イエス様を信じています。イエス様の復活を喜び、救いを確信しています。それでも、生活の不安があるのではないでしょうか。そのような私たちの心をイエス様はご存じです。そして、私たちが気付かなくても、イエス様は、私たちの側に立っていてくださいます。そして、私たちに働きを与え、私たちの手を通して主が生きておられることを経験させてくださいます。そして、私たちの必要を満たし、信仰を強めてくださいます。
イエス様は、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」と約束してくださいました。さまざまな不安を抱える時、側にイエス様がおられることを覚えましょう。そして、みことばを通し、聖霊様の導きを通して与えられる働きを忠実に行いましょう。そうすれば、主は約束の通り、私たちの必要を満たし、主の栄光を拝させてくださいます。