
| タイトル | 信徒が一つにされるため |
| 聖書 | ヨハネ17:20~23 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「信徒が一つにされるため」です。
イエス様は、父なる神様の御名が崇められるようにお祈りされました。そして、父なる神様が世から取り出してくださった弟子たちが、この世の悪から守られ、みことばによって聖別され、イエス様を証することを祈られました。さらに、イエス様は、弟子たちの宣教のことばを通して、イエス様を知ることになる人たち、つまり、私たちのような人たちのためにも祈っておられます。
この祈りを通して、私たちがいただいている恵みを覚え、神様の栄光を現わしてまいりましょう。。
ヨハネの福音書17章20~23節
20 わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。
21 それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。
22 またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。
23 わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。
(新改訳第三版)
イエス様は、弟子たちのことばを通して、イエス様を救い主と信じる人たちのためにもお祈りしておられます。このことから、イエス様が使徒たちの次の世代、また次の世代と、すべての人が救いに与り、みんなが一つにされることを願っておられることがわかります。一つにされるというのは、イエス様が父なる神様と愛によって一つであり、同じ御心をもっていることと同じように、信徒一人ひとりが御霊によって主と一つにされ、また兄弟姉妹も同じ御霊によって一つにされることを意味しています。
一つであると言っても、すべてが同じであることではありません。人間のからだも、目や口、手、足、また心臓など、さまざまな部分から一つのからだが成り立っているように、キリストのからだである教会も、信徒一人ひとりはその部分です。ですから、一人ひとりの考え方や、できることが異なっていても当然です。しかし、イエス様を愛して、みことばに従順に従うことにおいては、みんなが同じ心を持っている必要があります。また、奉仕をするときにも、自分が褒められるためにするのではなく、神様の栄光が現わされるという同じ目的をもって奉仕することによって、信徒は一つになります。
このように、すべての信徒が互いに愛し合い、主と一つになっていることによって、まだ、イエス様が唯一の救い主であることを知らない人たちも、イエス様を知るようになります。
そのために、イエス様は父なる神様から与えられる十字架の死と復活という、神様のみわざを成し遂げ、贖いの恵み、永遠のいのちの恵みを、イエス様を信じるすべての人に与えてくださいます。
イエス様はご自分の栄光を、ご自身を信じるすべての人に与えてくださいます。十字架と復活の恵みを、弟子たちのことばを通してイエス様を信じるすべての信徒に与えてくださいます。この約束により、すべての信徒は、御霊によってイエス様がともにいてくださるという恵みをいただいています。そして、父なる神様がイエス様と一つであることから、信徒は父なる神様、御子イエス様、聖霊なる神様と一つにされ、神様の愛と平安の内に置かれます。このことによって、信徒たちは、主なる神様と完全に一つにされます。このような恵みを与えられるのは、信徒のためだけではなく、まだイエス様を知らない世の人たちが、教会に満ちている神様の愛を通して、救いに与るためです。
ヨハネの福音書17章23節
それは、彼らが全うされて一つとなるためです。
(新改訳第三版)
イエス様の願いは、みことばを通してイエス様を信じるようになった私たちが、恵みによって一つとなることです。私たちは神様の愛により、同じ御霊によって一つとなることができます。そのために、今日、私たちが実践したいことは、イエス様が示してくださった十字架の愛を受け取ることです。そして、その愛に根差して行動することです。どんなに立派な行いであっても、そこに愛がなければ主の栄光を現わすことができません。
私たちは、それぞれ個性があります。また、得手不得手があります。ですから、みんなが同じように奉仕することはできません。ですから、それぞれやり方は違っても、同じイエス様の愛をもって生きることです。
私たちは、一つになって神様の栄光を現わすことが大切です。それによって、世はイエス様こそ救い主であることを知るようになります。教会には、さまざまな働きがあり、その一つ一つが神様の栄光を現わすという同じ目的を持っていることが大切です。
私たちが一つにされるために、まず礼拝を同じ思いをもって、同じ目的をもって捧げましょう。そして、心を一つにして主に従ってまいりましょう。それこそ、イエス様が願っておられることです。そして、イエス様が命じられたように、信徒が互いに愛し合うなら、この世は私たちをイエス様の弟子である、イエス様と同じように神様を愛し、隣人を愛する人たちであると言うことを知って、宣教のことばを受け入れてイエス様を信じるようになります。