
| タイトル | いのちの冠 |
| 聖書 | 黙示録 2:8~11 |
| 説教者 | 木下淳夫師 |
今日のテーマは、「いのちの冠」です。
イエス様は忠実に信仰を守る人たちを知っておられます。そして、そのような信徒とともにいて励ましてくださるお方です。今日は、そのイエス様の慰めと励ましのみことば、そして、力強い約束のみことばをいただいて、信仰を守ることが難しいこの世の生活で、勝利させていただきたいと願っています。
ヨハネの黙示録 2章8~11節
8 また、スミルナにある教会の御使いに書き送れ。『初めであり終わりである方、死んでよみがえられた方が、こう言われる──。
9 わたしは、あなたの苦難と貧しさを知っている。だが、あなたは富んでいるのだ。ユダヤ人だと自称しているが実はそうでない者たち、サタンの会衆である者たちから、ののしられていることも、わたしは知っている。
10 あなたが受けようとしている苦しみを、何も恐れることはない。見よ。悪魔は試すために、あなたがたのうちのだれかを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあう。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与える。
11 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。勝利を得る者は、決して第二の死によって害を受けることはない。』
(新改訳2017)
スミルナの町は、ローマ皇帝に忠誠を誓うことによって繁栄した商業都市でした。また、ゼウスやアポロンなどの神々の神殿が立ち並び、宗教的な祭りや儀式が頻繁に行われていました。スミルナの市民は、これらの祭りに参加することで交わりを固く保っていました。また、このような宗教活動が経済活動にも深く結びついていました。このような町で、イエス様に従うキリスト者たちは、皇帝崇拝や神殿などで行われる宗教的儀式に参加しませんでしたので、社会的にも経済的にも困難に陥りました
イエス様は、初めであり終わりであるまことの神様であり、すべてのことをご存じです。イエス様は、スミルナの教会の人たちが、どれほど苦しんでいるのか、また、経済的にも困窮しているのか、さらに信仰面においても、ユダヤ人と自称する人々にののしられていることをご存じでした。
この当時、ユダヤ教はローマによって公認されていましたので、宗教的な特権が与えられていました。キリスト教も、はじめはユダヤ教の一派という認識から、ローマによって保護されていたのですが、やがてキリスト教徒に対するローマの迫害が始まると、スミルナのユダヤ人も、キリスト教会とは明確な線引きをして、自分たちの身を守ることを優先しました。
本来、ユダヤ人は主の民ですから、イエス様を信じて従うはずでした。しかし、スミルナのユダヤ人の中には、イエス様を主と告白することによって、迫害されることを恐れて、キリスト者を迫害する側に回った人たちもいました。ですから、イエス様はそのようなユダヤ人は、本当のユダヤ人、本当の主の民ではなく、ユダヤ人と自称しているとおっしゃいました。また、そのような者はサタンの会衆であると厳しく非難しておられます。
このように、スミルナの信徒は、ローマによる迫害、異教の集会から離れたために受ける経済的不利益、また、ユダヤ人たちによるののしりのため、苦難と貧しさの中にありました。それでもイエス様は、忍耐して信仰を保っていた信徒は、神様からの恵みを受けて富んでいるとおっしゃいました。
しかし、イエス様は、そのようなスミルナの教会の信徒たちに、さらに試練が降りかかることを予告されました。イエス様は、悪魔に惑わされ利用された人たちによって、信徒が捕らえられ牢に投げ込まれると予告されました。そのような苦しみが続くけれども、イエス様は「死に至るまで忠実でありなさい」と命じられました。そして、そのように信仰を全うするなら、いのちの冠を与えると約束してくださいました。
イエス様は、死んでよみがえられた方、命の源であるお方ですから、イエス様を信じ従う人たちに、永遠のいのちを与えることがおできになります。そして、勝利の証しとして天国で永遠のいのちの冠を与えてくださいます。彼らはこの世では、何一つ称賛されることはありませんでした。しかし、イエス様は信仰を守り通した彼らに、勝利の証しとして、永遠に失われることのないいのちの冠を与えて賞賛すると約束してくださいました。
この世でどんな迫害があっても、イエス様に従い通しなら、イエス様は勝利の冠を与えてくださり、最後の審判で不信者に対してくだされる第二の死によって害を受けることはありません。
ヨハネの黙示録 2章10節
死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与える。
(新改訳2017)
スミルナには、この世の繁栄を第一とする人たちが、ローマに従いました。そして、異教の神々を礼拝することによって、自分たちの交わりを維持していました。また、自分たちの保身のために、積極的にローマに協力して、クリスチャンを迫害するユダヤ人たちもいました。
私たちの周りも、スミルナに似たところがあります。教会に行っていても、イエス様を信じているということを周囲の人に証しすることができない人もいると思います。また、地域の宗教行事にもクリスチャンだということを隠して参加することがあるかもしれません。それは、どうしてでしょうか?もしかすると、自分の身を守ることが第一になっているからかもしれません。
イエス様は、苦しみにあっている信徒のこと、その中でも懸命にイエス様に従う信徒を知っておられます。そして、そのような私たちに「死に至るまで忠実でありなさい」と命じておられることを覚えて忍耐しましょう。そうするときに、イエス様は私たちを称賛し、いのちの冠を与えてくださいます。