2026年6月7日「神様の子どもなら」木下淳夫 師

タイトル神様の子どもなら
聖書1ペテロ1:13~17
説教者木下淳夫師

 今日のテーマは、「神様の子どもなら」です。

 神様は、天地万物を創造されました。そして、私たち人間も、神様はお創りくださいました。ですから、神様は私たちを愛する子どもとしてご覧になり、いつも愛と恵を注いでくださいます。

 しかし、初めの人であるアダムが、この父なる神様に背いてしまったために、すべての人間は、神様に対して罪を持って生まれ、神様の御怒りを受けるものになりました。そのような人間を、神様は見捨てることなく、イエス様がすべての人の罪を背負って十字架で命を捨ててくださることによって、イエス様を信じるすべての人に、罪の赦しと永遠のいのちを与えると約束してくださいました。私たちは、この神様の一方的な恵みによって、罪から救われ神様の子どもという特権を与えられています。

 そして、神様は私たちが神様の子どもとして、新しい人生を歩むことができるようにみことばをもって導いてくださいます。今日は、神様の子どもとされた私たちがこの世でどのように生活すべきなのかということをみことばから学ばせていただきたいと願っています。

ペテロの手紙第一 1章13~17節

13 ですから、あなたがたは心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

14 従順な子どもとなり、以前、無知であったときの欲望に従わず、

15 むしろ、あなたがたを召された聖なる方に倣い、あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい。

16 「あなたがたは聖なる者でなければならない。わたしが聖だからである」と書いてあるからです。

17 また、人をそれぞれのわざにしたがって公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、この世に寄留している時を、恐れつつ過ごしなさい。

(新改訳2017)

 子どもたちが初めて自転車に乗るとき、自分の近くばかりを見てフラフラしてしまうのを見たことがあると思います。また、自分でもそのような経験をしてこられたと思います。目標が近すぎると、その一瞬はいいのですが、自分が右に曲がっているのか左にそれているのかもわかりません。ですから、私たちが自転車に乗るときは、遠くを見るように教えられます。

 それと同じように、人生歩むときも遠くのゴールを見据えて歩むことが大切です。それが、イエス・キリストが現れるとき、つまり、イエス様の再臨の時です。イエス様が再臨される時に、聖徒たちはすべての苦しみから救われます。ですから、ペテロは、この恵みを待ち望むようにと命じています。

 目標をイエス様の再臨、イエス様とお会いすることと定めたなら、どのような準備をしなければならないのか考えなければなりません。みなさんも、学校の先生が家庭訪問に来られる時、部屋をきれいに片付けてお迎えすると思います。ですから、王の王であるイエス様が来られるとなったら、しっかりと片付けをしなければなりません。片付けといっても部屋ではありません。私たちの心です。

 神様は私たちの心をご覧になります。ですから、神様を知らない時のように、欲望に任せた生き方をするのではなく、神様の御心を覚えてみことばに従った生き方をすることが大切になります。そのお手本がイエス様です。イエス様が、父なる神様を愛して御心を行い、隣人を愛してくださったように、私たちも主を愛し、隣人を愛することが求められています。

 それでも、この世で生きている限り、たくさんの問題に直面します。だれかが、不当な扱いを受けていることを見たり、自分自身も危害を加えられることがあります。このようなときに、イエス様が正しくさばかれる父なる神様にすべてをおゆだねになったように、神様にさばきをゆだねることが命じられています。さばきを神様にゆだねるのですが、そのためにしなければならないのは、人を恐れるのではなく、どんな状況でも神様の御心を覚えて、神様を恐れることです。人を恐れて、正しいことを正しいと言うこともせず、悪いことと分かっているのに悪に従うことをしてはいけません。

ペテロの手紙第一 1章17節

また、人をそれぞれのわざにしたがって公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、この世に寄留している時を、恐れつつ過ごしなさい。

(新改訳2017)

私たちはイエス様の恵みにより、神様の子どもとなる特権を与えられました。そして、それぞれのわざに従って公平にさばかれる神様を天のお父様と呼ばせていただいています。ですから、神様の子どもとしての歩みを覚えて、神様の栄光を現す歩みをさせていただきましょう。

ペテロは、この世に寄留しているときと言っているように、この世の生涯は一時的なものです。私たちには天国という永遠の住まいが備えられています。その約束を覚えて、イエス様の再臨を待ち望みましょう。そして、その再臨の備えとして、イエス様に倣って、主を愛し隣人を愛し、御霊によって聖なる者としていただきましょう。そして、問題に直面した時も、人に従うよりも神様に従うことが大切であるということを覚えて、人を恐れるのではなく、神様を恐れ敬って歩むことができるように、いつもみことばに耳を傾け、みことばを心に住まわせてまいりましょう。