2025年5月11日「イエス様が遣わす人」木下淳夫 師

タイトルイエス様が遣わす人
聖書ヨハネ13:18~20
説教者木下淳夫師

 今日のテーマは、「イエス様が遣わす人」です。

 最後の晩餐では、イエス様が弟子たちに伝える大切なメッセージが多く語られています。その中で、今日はイエス様が弟子たちをお遣わしになることの意味をみことばから学び、私たちも遣わされている地で、信仰をもってイエス様を証していきたいと願っています。

ヨハネの福音書13章18~19節

18 わたしは、あなたがた全部の者について言っているのではありません。わたしは、わたしが選んだ者を知っています。しかし聖書に『わたしのパンを食べている者が、わたしに向かってかかとを上げた』と書いてあることは成就するのです。

19 わたしは、そのことが起こる前に、今あなたがたに話しておきます。そのことが起こったときに、わたしがその人であることをあなたがたが信じるためです。

(新改訳第三版)

 イエス様は弟子たちの足を洗い、弟子たちも互いに足を洗い合うべきであることを命じられました。それは、イエス様の弟子は、だれが偉いとか、劣っているということがないからです。イエス様は、弟子たちを愛しておられ、彼らがご自身で足を洗う価値のある、高価で尊い存在であることを示してくださいました。そして、イエス様がこの世を離れてからは、すべての人に福音を宣べ伝え、救いの道を示す働きと権威を与えらました。

 しかし、イエス様は、この場にいた12人の弟子全員が互いに足を洗い合うような関係ではないことを語られました。本当なら、すべての弟子が等しく権威を与えられていて、互いに仕え合い、一緒に福音を宣べ伝える働きをすべきなのですが、この中にイエス様を裏切る者がいることを、イエス様は預言を通して教えられます。

 イエス様は、一人の弟子がイエス様を裏切るということも、預言の成就であることを通して、イエス様がすべての預言を成就するお方、まことの神様であることを、弟子たちが知ることを期待して、このように驚くようなことを語られました。イエス様が弟子たちに伝えようとしておられることは、イエス様が父なる神様から遣わされたキリストであるということ、また、まことの神様であるということでした。

ヨハネの福音書13章20節

20 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしの遣わす者を受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。わたしを受け入れる者は、わたしを遣わした方を受け入れるのです。」

(新改訳第三版)

 弟子たちが、イエス様こそ、父なる神様から遣わされたキリストであり、まことの神様であることを知ることができたなら、今度は弟子たちに、イエス様がキリストであることを証する働きがゆだねられます。

イエス様に罪の汚れを洗っていただいた人は、罪の奴隷から解放され、神様の子どもとされます。そして、イエス様は、ご自身の権威を、お選びになった弟子にお与えになり、弟子たちを福音を宣べ伝える者としてお遣わしになります。イエス様が、この世を離れるにあたり、弟子たちはイエス様から与えられた権威をもって福音を語り、すべての人に救いの道を示すように遣わされます。

弟子たちを受け入れた者は、イエス様を受け入れたことになるというみことばから、どれほど大きな権威が弟子たちに与えられているのかということがわかります。そして、イエス様を受け入れることは、創り主である神様を受け入れること、永遠のいのちをいただいて、神様の子どもにしていただくことを意味しています。

ヨハネの福音書13章20節

20 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしの遣わす者を受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。わたしを受け入れる者は、わたしを遣わした方を受け入れるのです。」

(新改訳第三版)

 イエス様によって罪を洗われ、神様の子どもにしていただき、聖霊を与えられた私たちは、当時の弟子たちと同じように、このみことばを真摯に受け止めなければなりません。なぜなら、私たちも、イエス様の恵みによって救われただけでなく、この世の生涯を与えられ、それぞれにいろいろな人との交わりが与えられているからです。もしも、イエス様を信じて天国に入る約束をいただくことだけが、神様の御心だとしたら、信じたその瞬間に天国に引き上げて頂けばいいのですが、実際はそうではありません。救いに与った後も、この世の生涯が残されているのは、イエス様が私たちを遣わし、まだ、救いに与っていない人々に福音を伝えるためです。

 もしも、だれかがイエス様を証する私たちを受け入れるなら、その人はイエス様を受け入れたことと同じです。また、父なる神様を受け入れたことにもなります。このみことばを覚える時、私たちが何を証すべきかわかると思います。つまり、自分のことではなく、イエス様ご自身が何をなさったのかを証しなければなりません。まず、私たちがイエス様にすべての罪を洗っていただくこと、そして、イエス様との交わりを持つこと、みことばに聞き従い続けることが大切です。私たちは、イエス様の復活の証人です。ですから、私たちは、イエス様が、すべての人のために十字架で命を捨ててくださり、墓に葬られよみがえってくださったことを証しなければなりません。イエス様が、私たちを遣わし、一人でも多くの人がイエス様を知り、父なる神様を受け入れるようになることを願っておられることを覚えて、十字架につけられ、死んでよみがえられたキリスト・イエス様を証してまいりましょう。