タイトル | 終わりの日に喜ぶために |
聖書 | 1ペテロ4:12~23 |
説教者 | 木下淳夫師 |
今日は、「終わりの日に喜ぶために」というテーマです。私たちの人生のゴールをハッピーエンドにするために、今私たちはどのように生きればいいのか、特に今困難の中にある人はどうすればいいのか、みことばから学ばせていただきたいと願っています。
12〜13節
ペテロの手紙第一4章12〜13節
12 愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、
13 むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、 キリストの栄光が現れるときにも、喜びおどる者となるためです。
(新改訳第三版)
この世の多くの宗教は、信仰すればすべての災いから免れ幸せになると教えているのではないでしょうか。しかし、キリスト教は、イエス・キリストを信じることで、すべての罪が赦され永遠のいのちを得る約束をいただきますが、この世においては燃えさかる火の試練が降りかかることもあると教えています。なぜなら、この世はイエス様を憎み、十字架にかけました。そのように、イエス様の弟子たちも、この世に憎まれるからです。
ペテロは、信仰のゆえに試練に遭っている信徒に対して、彼らが今受けている試練はイエス様がすでに通られた苦しみであり、イエス様を信じる信徒も、この世から取り分けられ、イエス様と同じように聖なる者となっているからこそ、この世から苦しめられているのだと教えています。ですから、信仰のゆえに苦しみを受けるとき、あなたがたはイエス様に似た者と神様だけでなく、この世の人たちも認めているのだから喜んでいなさいと命じています。
また、信徒にはイエス様と同じように苦しみを受けるだけではなく、栄光を受けることも忘れてはいけません。イエス様が死に勝利してよみがえられたように、信徒もキリストの栄光が現れるとき、イエス様の御再臨のとき、栄光の体に変えられ喜び踊る者にしていただくことが約束されています。
14〜15節
ペテロの手紙第一4章14〜15節
14 もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。
15 あなたがたのうちのだれも、人殺し、盗人、悪を行う者、みだりに他人に干渉する者として苦しみを受けるようなことがあってはなりません。
(新改訳第三版)
イエス様に従っていると、この世では苦しみを受けるのですが、キリストの名のために非難を受けるなら幸いです。その人には、聖霊様がとどまってくださり、忍耐する力と、イエス様が与えてくださる平安、そして、天国の希望を与えてくださるからです。しかし、自分の罪のために苦しみを受けるなら、聖霊様は助けてくださいません。ですから、困難の中にあっても、決して罪を犯してはいけません。人を殺すこと、盗むこと、悪を行うこと、他人にみだりに干渉することを避けるように、忠告されています。
16〜19節
ペテロの手紙第一4章16〜19節
16 しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、恥じることはありません。かえって、この名のゆえに神をあがめなさい。
17 なぜなら、さばきが神の家から始まる時が来ているからです。さばきが、まず私たちから始まるのだとしたら、神の福音に従わない人たちの終わりは、どうなることでしょう。
18 義人がかろうじて救われるのだとしたら、神を敬わない者や罪人たちは、いったいどうなるのでしょう。
19 ですから、神のみこころに従ってなお苦しみに会っている人々は、善を行うにあたって、真実であられる創造者に自分のたましいをお任せしなさい。
(新改訳第三版)
イエス様に従って苦しみを受けることは、恥ではないと教えられています。イエス様は、十字架で人々の前で裸にされ、ののしられ、あざけられ、耐え難いような恥を受けてくださいました。それは、本当ならば、私たちが受けるべき恥です。それをイエス様が身代わりになって受けてくださいました。ですから、キリストに従う者として苦しみを受けるなら、それは人の目には恥かもしれませんが、神様の御目には決して恥ではありません。ペテロは、今まさに、キリスト者として苦しみを受けている信徒に、その苦しみは恥ではないので、あなたたちをあざけっている人たちを見ないで、あなたをご自身の子どもとして愛し、賞賛してくださっている父なる神様を崇めなさいと励ましています。
神様を崇めるのは、神様の御心が実行されているからです。神様はこの世にさばきを下されるとき、神の家から始められます。それは、信徒ならば、この試練に耐えることができるからです。そして、その試練を信仰をもって忍耐する信徒たちの姿を、この世の人たちが見ることによって、彼らを悔い改めに導きたいと、神様は願っておられます。
先に未信者からさばきが行われたら、だれも救われるものはありません。だからこそ、ペテロは、「神のみこころに従ってなお苦しみに会っている人々は、善を行うにあたって、真実であられる創造者に自分のたましいをお任せしなさい。」と命じています。ペテロは、信徒の忍耐を通して、一人でも多くの人が救われ、神様の御心が成就することを願っています。
皆さんは、自分が救われたら、それで満足でしょうか。神様はすべての人が救われ真理を知ることを願っておられます。私たちも、その神様の御愛によって救いに与かりました。今度は、私たちがイエス様の弟子として、キリスト者として、神様の御心を行って、一人でも多くの人にイエス様を証ししましょう。イエス様は、再び来てくださると約束されました。その約束は必ず成就します。そのときに、私たちも喜び踊る者となるために、この世で試練に会うときも、自分のたましいを真実であられる創造者である神様にお委ねして、あざける人に目を向けるのではなく、愛し続けてくださる主イエス様に目を向け、隣人を愛し続けてまいりましょう。